仏生寺弥助の名は幕末マニアの間では知られているが、近藤勇や土方歳三といった誰でも知っている歴史上の人物と比較すると知名度はかなり低い。

知られていないだけで弥助の類稀な武術(剣術)の才能と波乱万丈な人生には、令和にあっても人を惹きつける魅力がある。動乱の時代を太く短く生き抜いた男の生涯を描いた小説『修羅の剣』を読んだので、読書感想文のような何かをここに書き記したい。

弥助はとにかく剣の才能が半端ではなく、試合においてしばしば「面を打つぞ」などと予告した上で本当に面を打つのだが、それを誰も防げないし誰も避けられない。これがどれほど凄いことかは何らかの武道や格闘技を経験した人なら理解できると思う。

弥助には主に二つの得意技がある。上段の構えから雷のように落ちる面への強烈な打ち込みと、相手の顎を蹴り上げる前蹴りだ。

剣術で蹴り? と思うかもしれないが弥助は史実でも蹴り技を用いたらしく、小説の中でも必殺技のような扱いになっていた。現代の剣道ではどう考えても反則だが幕末だから何でもありか?

その辺が気になって調べると、現代でも日本剣道協会という団体では試合での体術の使用を認めているようだ。映像を拝見すると鍔迫り合いから組技・寝技に持ち込むシーンがあった。

弥助は蹴り技も相手に予告した上で蹴るのだが、これもやはり外すことがない。予告というか、蹴る前にわざわざ「仏生寺一流」と技の名前(蹴り技の名前)を叫ぶのがバトル漫画の演出みたいで面白い。それを聞いた相手は当然蹴りに備えるのだけど、なぜかみんな避けられない。

もし弥助がFGOでサーヴァントとして実装されたら、この「仏生寺一流」なる蹴り技が宝具になるのだろう。必中効果とかつくのかな? クラスについては彼の生き様を考えるとセイバーよりバーサーカーの適性がありそうだ。

仏生寺一流は空手でいう上段前蹴りである。相手の顎を上足底でぶち抜く危険な技で、食らうのを想像しただけで脳が揺れる気がする。足でアッパーをするようなものだから、頭部へのダメージは計り知れない。

上段前蹴りと聞いて私が真っ先に思い出すのは、UFCでのマイケル・チャンドラーVSトニー・ファーガソンの一戦。序盤は優勢だったトニーが、マイケルの上段前蹴りを食らって一瞬にして意識を飛ばされ逆転負け。鳥肌が立つような恐ろしいフィニッシュである。

そもそも前蹴りは防ぐのが難しい。廻し蹴りと違って一直線だから線ではなく点として飛んでくるので、蹴りというより突きに近い軌道だが、腕ではなく脚なので威力が桁違いだ。

私も空手の稽古で先生と約束組手をすると、相手は前蹴りを出してくると分かっているのに、下段払いで防ぎきれず食らってしまうことが多い。もちろん寸止めだからお互いに大きな怪我はしないが、蹴りを腕で防ごうとするので自分の腕を痛めることはある。

先生や有段者ではない方と約束組手をするときは、逆に私の前蹴りもよく当たる。もちろん触れる程度の寸止めだが、完全に防がれることは少ない。

技を宣言しない自由組手においても、前に出てくる相手に前蹴りを合わせるのは意外と難しくない。攻撃として自分から当てに行くのは厳しいが、カウンターであればよく当たる。

私でも当てることができるのだから、弥助のように武術の才能に恵まれた人物であれば百発百中なのも頷ける。

そんな最強とも思える弥助の最期はあまりに唐突で、薬を盛られ身動きを封じられた挙句、ろくな反撃もできずにあっさりと殺されてしまう。これは史実通り。

恩人の息子とはいえずっと仲が悪かったのだから、一服盛られる可能性ぐらい弥助なら気づけても良いんじゃないかと思わないでもないが、こんなものだろうか。

ちょっと残念な気もするが妙な改変を行わず、無双の豪傑も死ぬときは死ぬ現実をありのままに提示されたことで、幕末の動乱を生き抜く難しさがよく分かった気がする。まあ、こんな時代に生まれたくはないよね。

いずれにしても本作は歴史小説でありがちな露骨なエロシーンが殆ど無く、剣道有段者の著者が描いた迫力あるアクションを存分に楽しめる一冊(上下に分かれているので厳密には二冊だが)である。

武術が好きな人、幕末が好きな人はぜひ一度読んでみてほしい。