「時間がない」という言葉を私は何度も口にしてきただろうか。そして気づいた。
時間がないというのは真実ではなく、多くの場合、その対象となる事柄に対して時間を作るほどの価値を感じていないことの表明に過ぎないのだ。
例えば新しいスキルを習得したい、健康のために運動を始めたい、大切な人との時間を増やしたいといった願望は誰にでもあるだろう。しかしいざ行動に移そうとすると「仕事が忙しいから」「疲れているから」という理由で後回しにしてしまう。これはスキル習得や運動、大切な人との時間が現在の「忙しさ」や「休息」よりも優先順位が低いと判断していることを意味する。無意識のうちに私たちは日々そのような選択を繰り返している。
私たちは本当に価値があると感じるものに対しては驚くほどの集中力と行動力を発揮する。締め切りが迫った重要な仕事、心から楽しみにしている旅行の計画、愛する人の緊急事態。このような状況においては「時間がない」などという言葉は頭から消え失せ、いかにして時間を捻出し最善を尽くすかということだけに意識が集中する。
ならば私たちが「時間がない」と感じる事柄に対しては、その対象に十分な価値を見出せていない、あるいは優先順位を上げられていないと認識すべきではないだろうか。もちろん本当に物理的に時間がない状況も存在する。しかし多くは自分の選択と行動の結果である。
本当にやりたいこと、達成したい目標があるのであれば、まずはそれが自分にとってどれほどの価値を持つのかを問い直す必要がある。その価値が明確になれば自ずと時間を作り出すための行動が伴うはずである。無駄な時間を減らす努力をするかもしれない。人との付き合い方を見直すかもしれない。あるいは思い切って何かを手放す決断をするかもしれない。
「時間がない」という言葉の裏には、「それをやるほどの情熱がない」「そこまで重要だとは思っていない」という本音が隠されている。この真実を受け入れることで私たちは時間という有限な資源を有意義に活用できるようになる。