私の自宅は物が少ない。どのくらい少ないかは見てもらったほうが早いだろう。

まだ減らす余地はあるが、一般的な基準から見ても少ない部類と思っている。知人からは怪しい会社の事務所と言われた。

私の禁欲ルーティンを観てくれている方は知っていると思うが、寝るときは掛布団にくるまって寝ている。敷布団はそのうち買う可能性はあるけど、今のところは置いていない。

あと筋トレ用のフラットベンチを普段使いの椅子としても使用している。いろいろな向きで座ることができるので、ちょっと姿勢を変えたいときにはむしろ普通の椅子より快適だったりするが、これは一つの物に複数の役割を兼務させることで物そのものを減らす工夫だ。零細企業の社員が複数の役割を兼務しているようなもの。

もちろん「やっぱり必要だったw」と思って買い戻したものもある。

そうやって減らしたり増やしたりを繰り返しながらも、減らすことに比重を置いて生活するうち今のスタイルに落ち着いた。

実を言えば、もともと私の家は汚部屋で足の踏み場もなかった。それをいきなり全部捨てたとかではなく、3年くらいかけて少しずつ物を減らした

どんな努力や習慣もそうだが、いきなりガッツリやり過ぎると続かない。結局もとに戻ってしまう。だから時間をかけて少しずつ減らして今に至る。

とりあえず「机の上にお菓子のゴミを放置しない」ぐらいのことからスタートするのが良い

それで、なぜ自宅から物を減らしたのか。

色々あるといえばあるが、飾らずに言えば「モデルルームみたいな部屋に住んでたらカッコよくね?」と思ったから。

もちろんそれが全部ではないんだけど、どんな理屈を並べてもシックリこなくて、突き詰めた結果「部屋が片付いているほうが、なんかいい感じ」って感情が残った

挑戦を始めることに明確な理由はいらない。ただ、挑戦を長く続ける上では自分が納得できる具体的な理由・目的を持っておく必要がある

なぜかというと弱い自分が「今日はいいじゃん。今日だけw」とか言い出したときに、そんな弱い自分を説き伏せる強力な理由が必要だからだ。

挑戦は自分との闘い(口論)の連続なので「この挑戦がいかに自分にとって有益で重要なものか」を明確にしておかないと、弱い自分を論破できず楽なほうに流されてしまう。弱い自分はとても口が達者で、やらない理由・やめる理由を無限に見つける天才である。生半可な理論では対抗できない。

とはいえ「とりあえずやってみる」の精神が絶対ダメかといえば、全くそうではない。やる理由を探しているうちに、どんどん時間は経ってしまう。人生は短いから、その時間はとても勿体ない。

経験上、弱い自分が「もうこのくらいでいいじゃんw」とか言ってくるのは何かを始めてからしばらく経った後だから、挑戦を始めてから考えても遅くはない。やっていくうちに見つかることもあるだろう。

で、今回の「物を減らす」だと、私の「物が少ないほうがかっこよくね?」というのは単なる感情にすぎないが、私の場合、その感情が強かったので弱い自分が並べるネガティブな理屈を尽く弾き飛ばしたのだ。

感情の爆発の前では、理屈をこねくり回しても勝ち目がないということか。ブチ切れてる人に理屈を並べても逆効果なのと同じ。

とまあこんな感じで、深く考えなくても続けられる習慣もあったりする。

あれが続かなかった。これも続かなかった。なのに、よく分かんないけどこれは続けられてる! っていうものが、挑戦を続けるうちに必ず見つかるはずだ。

何事も中途半端で続かないからといって落ち込む必要はない。というか落ち込んでいる暇なんて無い。失敗したらすぐ次の行動に移るほうが合理的である。

そうやって挑戦を繰り返しているうちに「なんか知らんけど続けられる習慣」が、ひとつくらいは絶対に見つかるはずだ。

色々考えながらやってみて自分に合っていると思えば続ければいいし、合わないと思えばやめてしまっても構わない。

もしやめても自分にとって本当に必要であれば、体は自然と「やっぱりやろうよ!」とメッセージを発してくれる。

その声に耳を傾けて、言われた通りにやっていれば自然と生活が整うものだ。

そして、ひとつでも続けられる習慣が見つかれば、信じられないほどスムーズにふたつ目、みっつ目と、新しい習慣が身につくようになってくる。

かつては挫折したものでも、別の習慣を身につけたことで「努力のコツ」が分かって、もう一度やってみたら前回より長く続いたりする。

大切なのは、最初のひとつが見つかるまで諦めないこと。

私は物を減らす作業を通じて、単純だけど見落としがちで、とても大切なことを学んだ。