この世で最も手強い敵は誰か。
キモい上司、ブラック企業、冷淡な社会。
それらもすげぇ強敵(笑)だけど、最強の敵は常に鏡の中にいる。
私たちは毎日自分という名の敵と戦っている。そして多くの場合、その戦いに負けてしまう。
私たちの人生が変わらない原因はここにある。
「今日だけは」という甘い毒
目標を立てた直後、熱意が冷めぬうちに忍び寄ってくる影がある。
それは自分自身の甘えだ。
「今日ぐらい、いいじゃないか」
「昨日まで頑張ったんだから、一回ぐらい休んでもバチは当たらない」
「明日から本気を出せばいい」
この「今日だけは」という言葉は人生を蝕む猛毒である。弱い自分は常に最も楽な道を選ばせようと言葉巧みに誘導する。
脳は変化を嫌い、現状維持を望むようにできている。新しい挑戦や規律ある生活は、脳にとって「ストレス」でしかない。だから自分自身が最大の敵となって私たちの足を引っ張る。
この囁きに屈した瞬間、私たちの人生は停滞する。
今日を妥協した人間が明日を激変させることなどあり得ない。
自分という敵に負け続ける限り、私たちは永遠に今いる場所から一歩も動くことはできない。
「自信」の正体は自分との契約
ところで「自信がない」と嘆く人は多い。私もそうだったというか、認めたくないけど今もあんまり自信はない。
その理由は私たちは自信を誰かに与えてもらうもの、あるいは成功体験の結果として得られるものだと勘違いしているからだ。
しかし「自信」という言葉の成り立ちを見ればわかる通り、自信とは「自ら」を「信じる」ことである。
誰かに褒められたから得られるのは「優越感」に過ぎない。
本当の意味での自信とは、根拠がなかろうが周囲が馬鹿にしてこようが、自分だけは自分の可能性を信じていること。
だけど、自分を信じるためには信じるに足る「実績」が必要になる。それは社会的な成功ではなく、「自分との約束を守った」という実績のこと。
「朝6時に起きる」と決めてちゃんと起きた。「今日は1時間勉強する」と決めてちゃんと勉強した。
こうした小さな積み重ねだけが弱い自分を黙らせる根拠になる。自分を裏切り続けている人間が、自分を信じられるはずがない。
最後まで隣にいるのは他人ではない
親も、恋人も、親友も、家族も、結局は「他人」である。 彼らは私たちの人生の一部を共有してくれるかもしれないが、あなたの人生そのものを背負うことはできない。
オギャーと生まれてからヨボヨボになって死ぬまで、常に寄り添い共に歩んでくれるのは他でもない自分だけだ。
死に際に手を握ってくれる人がいたとしても、三途の川を渡る時は一人である。
ならばその唯一無二のパートナーである自分を、「弱い自分」として堕落へ誘惑する裏切り者のままにしておいて良いはずがない。
世界中の誰もがあなたを否定したとしても、自分だけは自分の味方でなければならない。
「お前ならできる」と、背中を押してくれる頼もしい存在であるべきだ。
そして自分を味方につけるためには、先述の通り、自分との約束を守り続ける必要があるのだ。
弱い自分を見返し、真の味方にする
自分で自分を信じるために、やるべきことは一つしかない。 「弱い自分」を見返すことだ。
怠けようとする自分、言い訳を並べる自分、ビビっている自分。そんな自分に負けてはならない。
「自分を見返し続けること」 だけが、本物の自信を身につける唯一の道である。
自分を律し、自分との約束を守り抜くとき、鏡の中の敵は、次第に頼もしい相棒へと姿を変える。
自分で自分を認められるようになったとき、あなたは人生で最大の味方を手に入れる。「弱い自分」だったものが、あなたを支えるパートナーに姿を変えるのだ。
自分との対話が人生を変える
私は様々な努力を通じて、徐々に自分との対話の質が変わり始めているのを感じている。
「どうせ無理だ」から「どうすればできるか」へ。 「今日ぐらい」という甘えから「今日こそは」という決意へ。
自分を最大の敵として制しつつ、同時に最大の味方として愛し、受け入れる。
私の中にいる「弱い自分」が徐々に態度を軟化させ、「意外とやるじゃん」と言ってくれる日も増えてきた。
自分との約束を守り続け、ついに自分を信じきることができたとき、私たちの人生は変わる。
外の世界が変わらないと嘆いても仕方ない。
まずは自分との勝負に向き合い、勝ち続けること。それしかない。
私は自分を見返し続ける。