YouTubeで「なぜ床の上で寝ているのですか?」といったコメントを頂くことがある。確かに私は掛布団と枕こそ使っているが、敷布団を使っていない。普通に考えて変だから気になるのも当然だろう。
その理由を語る前に断っておきたい。私だって心から快適な寝床を求めている。ふかふかのベッドに身を沈め、柔らかな布団に包まれて眠る。そんな贅沢な睡眠をどれほど夢見ていることか。
でも今の私には、それはまだ許されない快楽のひとつだ。
なぜなら布団やベッドはあまりにも快適すぎるから。一度その誘惑に身を委ねてしまえば私はきっと深く、そして長く眠りすぎてしまうだろう。目覚ましが鳴っても、あと5分、あと10分と二度寝を繰り返し、気づけば貴重な朝の時間が失われている。そんな情景が容易に想像できてしまう。
今の私にはそんな時間はない。私は29歳。20代最後のこの1年を文字通り「死ぬ気で」生きると決めている。
極端な話、本当に死んでも構わない。もしたった1年間ですら全力でやり切ることができないのなら、この先何年も生きていても意味がないとすら思っている。それほどまでにこの1年にかける私の思いは強い。
だからこそ私は自らを律する必要がある。床の上で寝るという選択は私にとっての戒めであり、常に自分を奮い立たせるための装置である。快適ではないからこそ長時間の睡眠を求める気持ちが薄れ、短い時間で効率的に休息を取ろうという意識が芽生える。朝、床の硬さを感じながら目覚めるたびに、「今日も一日、全力でいこう」と心に誓うのだ。
もちろん私は睡眠を軽視しているわけではない。人間にとって睡眠がどれほど重要であるかは重々承知している。だが今の私にとっては、睡眠は「削るべきもの」なのだ。全てを犠牲にしてでも成し遂げたい目標がある。その目標達成のためには睡眠時間を削ることも厭わない。これは決して精神論ではない。ずっと続けるわけじゃないし、今だけと思えば限られた時間を最大限に活用するための合理的な判断なのである。
もし、いつか私が毎日8時間ぐっすり寝ても良い身分になったとしたら、その時は迷わず最高級のベッドや布団を購入するだろう。本当は最高の睡眠環境を手に入れ心ゆくまで惰眠を貪りたい。だがそれを叶えるべきは今ではない。
今は泥水を啜ってでも前に進まねばならない。現状を打破し未来を切り開くためには、多少の無理や不便は当然のことと捉えている。
そのために私は今日も床の上で眠る。