私は最近SNSを眺めていて、あることに気がついた。それは以前と比べて他人の言動、特に攻撃的な投稿に対して心が動かされることが格段に減ったということ。もちろん全く気にならないわけではないが、頭にカッと血が上がる感覚がなくなり時間を浪費することはなくなった。

この変化は私自身の生活が充実し、やるべきことが山積していることに起因している。

かつての私はSNSで目にする他人の意見や批判に一喜一憂し、時には反論したり、傷ついたりすることもあった。それはまるで自分の価値を他人の評価に委ねているかのようであった。しかし今振り返れば、それは私に余力があったというか、時間と体力を限界まで使い切っていなかった証拠だ。

YouTubeで発信している通り今の私には達成すべき目標があり、取り組むべき課題が山積である。

平日は朝っぱらからジムに行って筋トレをしたりストレッチをしたりして、土日も朝4時に起きて平日と同じルーティンをこなした後、ブログの執筆とYouTubeの動画制作に全力を尽くし、夜は空手の道場へ行く。

こんな生活では他人の言動に心を乱している暇などない。

他人が気になる、他人の評価に囚われるという状態は、裏を返せば自分自身に目を向けるべき余力があるということなのかもしれない。自分の目標が明確でなく、日々の生活にハリがない時ほど、人は他人の動向に意識を向けやすい。そして他人の行動を監視したり批判したりすることで、一時的な満足感や優越感を得ようとする。

しかしそれは決して本質的な幸福とはいえない。

他人の言動ではなく、もっと自分自身の内面と向き合い、何を成し遂げたいのかを明確にしよう。そしてその目標に向かって日々努力を積み重ねる。すると私たちは他人の言動に振り回されることなく、自分自身の人生を主体的に生きることができるようになる。

私にとってSNSでの攻撃的な投稿が気にならなくなったことは、一種の成長の証であると感じている。それは私の心が強くなったというより、本当に大切なものに意識を集中できるようになったということだろう。

自分の人生を豊かにするために、私はこれからもやるべきことに全力を注ぎ、他人の言動に心を奪われることなく前進し続けたい。

投稿者

すずもと(管理人)

29歳リーマン🚹禁欲とミニマリズムを実践中。20代の最後を全力で生き抜くため、あらゆるポルノに背を向け「生活改善」ならぬ「人生改善」に取り組む。好きなものは読書📖武道(空手&琉球古武道)🥋筋トレ💪怪談👻バイク🏍️生き物🦎etc推しの作家さんは津本陽先生。自分でも小説を書く。

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