世の中に蔓延する「仕事は楽しいものだ」という幻想を本気にしすぎない方が良いと思っている。

新卒採用の時期になると企業の広報担当者が作り出すコンテンツはあたかもそこがユートピアであるかのように輝かしく、若者たちの夢を煽る。SNSを覗けば、「やりがい」や「自己実現」を謳うビジネスパーソンの投稿が溢れかえっている。

しかし現実はどうか。きらびやかなベールを剥がせば、そこにあるのは泥臭く、辛く、そして往々にして苦痛な日々の連続である。長時間労働、理不尽な顧客や上司、終わりの見えないタスク、そして人間関係のしがらみ。これらは多くの仕事に共通する現実である。

私は決して仕事に一切の価値がないと言いたいわけではない。仕事を通して得られる達成感や成長、社会貢献の喜びを否定するつもりも毛頭ない。だがそれはあくまで仕事の一面に過ぎず全体像ではない。私たちはあまりにも仕事の「陽」の部分ばかりを見せられ「陰」の部分から目を背けさせられていると思う。

「仕事は辛くて当たり前」「つまらなくて当たり前」「毎朝行くのが嫌で当たり前」。この現実にもっと目を向けるべきではなかろうか。なぜなら人は期待値と現実のギャップに苦しむ生き物だから。

期待しなければ幻滅することもない。

仕事に対して過度な期待を抱いていなければ、理想と真逆の辛い現実に直面しても大きなダメージを受けることはない。「ああ、やっぱりな」と、ある種の諦めと共に受け入れることができる。その諦めは決してネガティブなものではない。それはむしろ現実を受け入れ前に進むための強さと言える。

もちろん本当に天職と思える仕事に出会い、毎日を心から楽しんでいる人もいるだろう。素晴らしいことだが、そのような人はごく一部である。多くの人にとって仕事とは生活の糧を得るための手段であり、そのプロセスには多かれ少なかれ苦痛が伴う。

だからこそキラキラした宣伝文句に惑わされず、その裏に隠された泥臭さや厳しさを直視する覚悟を持ちたい。そうすれば現実とのギャップに打ちのめされることなく、地に足をつけて働いていける。

仕事に期待しない。辛くて当たり前、つまらなくて当たり前、毎朝行くのが嫌で当たり前。この現実を受け入れ、それでもなお、自分なりの意味や価値を見出していくこと。それが現代を生きる私たちに求められる、賢明な姿勢であると私は考える。

投稿者

すずもと(管理人)

29歳リーマン🚹禁欲とミニマリズムを実践中。20代の最後を全力で生き抜くため、あらゆるポルノに背を向け「生活改善」ならぬ「人生改善」に取り組む。好きなものは読書📖武道(空手&琉球古武道)🥋筋トレ💪怪談👻バイク🏍️生き物🦎etc推しの作家さんは津本陽先生。自分でも小説を書く。

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