「いつか、自分を変えたい」「いつか、あんな風になりたい」 私たちの日常は、こうした「いつか」という甘美な言葉で溢れている。
あえて断言するが「いつか」という言葉を使っている限り、その未来が訪れることは永遠にない。
「いつか」は、現実逃避のための魔法の呪文だ。それは実行の意志を伴わない願望であり、脳に対して「今は何もしなくていい」という免罪符を与えてしまう。
私たちが真に自分を変えようと欲するならば、必要なのは漠然とした希望ではなく、冷徹な「期日」の設定である。
「いつか」は努力を殺す毒になる
「いつかやろう」と考えているとき、私たちの脳内では何が起きているか。それは現状維持というぬるま湯に浸かりながら、未来の自分にすべての責任を丸投げしている状態だ。
未来の自分は今の自分よりも意志が強く、もっと行動力があるはずだと、そんな根拠のない期待が「今」という貴重な時間を浪費させる。
はっきり言うが、今日動けなかった人間が明日動ける保証なんてない。
「いつか」という言葉は努力の必要性を希薄にする。期限がないから努力の優先順位は常に下がり続け、結局は目の前の安易な娯楽や慣れ親しんだ悪習に流されてしまう。
あなたは努力できないのではない。
「いつか」という逃げ道があるから、努力しないことを選択してしまっているのだ。
「期日」というプレッシャーが行動を促す
自分を変えるために必要なのは心地よい励ましだけではない。自分を追い込む「正当なプレッシャー」も重要だ。
「いつまでに」という期日を設定した瞬間、時間の流れは一変する。砂時計をひっくり返すように、残された時間が視覚化され、1日1日の重みが増していく。
期限を設けることは苦しい。失敗するかもしれないという恐怖や、間に合わないかもしれないという焦燥感がつきまとう。しかし、この「焦り」こそが重い腰を上げさせる。
人間は追い込まれなければ真価を発揮できないことが多い。夏休みの宿題を最終日に終わらせるあの爆発的な集中力は、期日という「終わり」があるからこそ生まれる。
人生においても、このメカニズムを利用しない手はない。
私の決断:30歳までにポルノから卒業する
ここで私自身の具体的な取り組みについて述べたい。
このブログを読んでくれている人や、SNSをフォローしてくれている人はもう知っているだろうが、私は禁欲をしている。具体的には自慰行為を断つ「オナ禁」と、ポルノ動画の視聴を一切断つ「エロ禁」を継続している。
なぜこれを行うのか。それは、ポルノという依存性の高い安価な快楽が、私の集中力、活力、そして何より「現実の人生を戦う意志」を奪っていると痛感したからだ。画面の中の虚像に脳を焼かれ、ドーパミンを浪費し、本来向けるべき情熱を無駄に消費する日々。そんな自分を、私は心の底から軽蔑していた。
私は決めた。「30歳までに、ポルノから完全に卒業する」と。
私は現在29歳。30歳の大台に乗るまで、あと9ヶ月ぐらいしか残されていない。
これまでは「いつかやめられたらいいな」と思っていて、数えきれないほど禁欲に失敗してきた。
しかし今回は違う。20代の最後をポルノ依存のまま終えることなど絶対に嫌だ。だから「30歳」という具体的な数字を置いた。
脳を正常化させ男としての真実を取り戻さなければ、私は一生虚像を追い続けるだろう。その恐怖が私を突き動かしている。
SNSやブログで宣言する意義
私がブログやSNSで禁欲について発信しているのにはいくつもの理由があるが、その中のひとつに「退路を断つため」というものがある。
自分一人の中での誓いは容易に破ることができる。誰も見ていない場所での挫折は自分さえ納得(あるいは妥協)してしまえば無かったことになるから。
しかしSNSやブログを通じて、しかも顔出しをして発信(YouTubeやSNSでは顔出し)してしまえば、それは「他者との約束」になる。
誰かに見られている、あるいは後に引けない状況を作ることは最強の規律になる。SNSでの禁欲宣言はある種の「公開処刑」に近いリスクを伴うが、そのリスクこそが、自分を律するための強力な支えとなるのだ。
私は現在、実際にこの宣言通りに行動している。誘惑に負けそうになる日もある。しかし、そのたびに「30歳までのカウントダウン」と「全世界に宣言したという事実」を思い出す。
私の行動は「願望」から「義務」へと昇華したのだ。
あなたも「いつまでに」を決めよう
人生は短い。あなたにもいつかやめたいと思っている悪習や、成し遂げたい目標があるのなら、今すぐ「いつか」という言葉を脳から抹消してほしい。
必要なのはカレンダーに印を書き込むこと。
「〇月〇日までに私はこうなる」 そう決めた瞬間から、あなたの脳と体は、その目標に向かって進み出す。
「いつまでに」という期日は私たちを縛る鎖ではない。停滞という檻から解き放つための鍵である。
私は29歳。残り少ない20代を使い切り、30歳になったとき、私は新しい自分として晴れやかな顔でポルノという過去に別れを告げているだろう。
その確信があるのは、私が「いつか」ではなく「いつまでに」を明確に定めたからに他ならない。
あなたはいつまでに自分を変えるのか?
あの人はすごい。あの人はカッコイイ。
では、あなたがすごくなるのは、カッコよくなるのはいつだ?
それを決めたとき、本当の人生が動き始める。