この世には、語られざる残酷な序列が存在する。
「ある程度突き抜けた男だけが、一定の富と女を得られる」
この言葉を単なる極論だと笑い飛ばせる者は、おそらく幸福な側にいる人間だろう。あるいは現実という名の怪物を直視する勇気を持たない者だ。しかし一歩街へ繰り出せば、そこには目を背けたくなるような「男の現実」が横たわっている。
ピラミッドの頂点に立つわずかな強者たちが富を独占し、賞賛を浴び、望むがままの異性を手に入れる。
一方でそこから溢れ落とされた大多数の男たちはどうだろうか。彼らは誰からも見向きもされず、社会の歯車として、あるいは単なる「背景」として処理される。そこにあるのは選ばれなかった者たちが共有する、重く、湿った孤独である。
視界から消去される「持たざる男」
現実の世界において平均以下の男に対する世間の視線は驚くほど冷ややかだ。というより視線すら存在せず「無関心」という名の巨大な壁が彼らの存在を透明化している。
強者は語る。「努力すれば報われる」「自分らしく生きればいい」。しかしそれらは勝者の論理に過ぎない。
満たされない性欲、承認欲求、そして何者にもなれない自分への焦燥感。これらに苛まれながら、それでも毎朝満員電車に揺られ、誰に感謝されるでもない労働に従事する。これが多くの男たちが直面している真実だ。
その苦痛は鋭利な痛みというよりは、じわじわと真綿で首を絞められるような停滞感に近い。出口の見えない閉塞感の中で、男たちは自らの尊厳を少しずつ削り取られていく。そして、その削り取られた心の隙間を埋めるため、安直な代替品へと手を伸ばすことになる。
ポルノとオナニー:虚無を埋めるドーパミン
現実の世界で拒絶され誰とも繋がれない男たちが行き着く先。それが画面の向こう側に広がる虚構の世界だ。
手の届かない本物の温もりの代わりに、高解像度のピクセルに性欲をぶつける。ポルノという名の麻薬は一瞬の快楽と引き換えに「戦う気力」を奪い去る。
射精の瞬間に訪れる賢者タイム、そこで突きつけられるのは「自分は一体何をやっているのか」という救いようのない虚無感だ。
それでも数日もすれば、また同じように画面を開く。オナニーによって放出される安価なドーパミンは、一時的に現実の苦痛を麻痺させてくれるからだ。
これは生存戦略ですらなく、ただの緩やかな精神的自殺である。そうして本来なら現実を変えるために使われるべきエネルギーは、ティッシュの山と共にゴミ箱へと捨てられていく。
現実はすぐには変わらないという絶望と希望
「明日から生まれ変わろう」 そんな決意を、これまでに何度繰り返しただろうか。しかし現実は非情だ。
一晩眠って起きたところで銀行の残高が増えているわけでも、体脂肪が減っているわけでも、魅力的な女性から連絡が来ているわけでもない。
現実は驚くほど重く、硬い。
だがここで絶望して足を止めることは敗北を認めることと同義である。
突き抜けた強者たちも最初からそこにいたわけではない。彼らの多くもまた、かつてはこの泥沼の中でもがいていたはずだ。
「毎日少しずつ積み上げるしかない」
この言葉は一見するとあまりに無力で、退屈に聞こえる。しかし、これこそがこのクソったれな現実を突破するための唯一にして最強の戦術なのだ。