私が取り組んでいる禁欲とは、オナニーをせずポルノ禁止も目にしないこと。これは軽い気持ちで始められるようなものではない。しかし、もし今絶望の淵にいて、何としてでも自分を変えたいと強く願っているのなら、この禁欲は人生を劇的に変える可能性を秘めた希望となり得る。
私は「あなたにもできる」などと無責任なことは言えない。なぜなら私自身がその途方もない難しさを痛感しているからだ。これは自己との徹底的な対峙であり、欲望との熾烈な戦いである。精神的な苦痛はもちろんのこと肉体的な衝動も伴う。多くの人が途中で挫折し打ちひしがれる。だからこそ安易な言葉で鼓舞することはできない。これは覚悟を決めた者だけが踏み入れることを許される茨の道である。
現状に満足し充実した日々を送っているのであれば、禁欲は無意味である。満ち足りた人生にあえて不必要な苦痛を加えることに他ならないからだ。幸福な人はその幸福を享受すれば良い。禁欲は幸福な人のためのものではない。
禁欲をすべきなのは、自分を変えたいと切望しているにもかかわらず、そのための行動を何も起こせていない人々である。例えば休日のほとんどをオナニーに費やし、気づけば一日が終わっている。そんな自分に嫌気がさしているのに抜け出すきっかけを掴めずにいる人。あるいはポルノに溺れることで、現実の人間関係や仕事、学業に支障をきたしている人。自分の時間を無為に過ごしていると感じ、何とか現状を打破したいと願う人。そのような自己嫌悪と停滞のループに陥っている人にこそ、禁欲は一つの強力な突破口となり得るのだ。
禁欲とは単に性的な衝動を抑えることだけを意味しない。自分自身の弱さや依存と向き合い、それを克服する過程である。
その道のりは決して平坦ではない。強い衝動に駆られ、何度も挫折しそうになる。心が折れそうになる瞬間が幾度となく訪れる。そのたびに自分自身に問いかけることになる。「なぜ私はこれをやっているのか?」。この問いに対する明確な答えがなければ続けることはできない。
だからこそ禁欲を始める前に徹底的に「なぜやるのか」を考える必要がある。漠然とした「変わりたい」だけでは壁にぶつかったときに立ち直れない。具体的な目標、禁欲を通じて得たい未来の自分像を明確に描くことだ。それは仕事での成功かもしれないし、学業での成果かもしれない。あるいは新たな趣味を見つけること、人間関係を改善することかもしれない。何でも良い。自分にとって譲れない強い動機を見つけ出す必要がある。