何かを成し遂げようとするとき、あるいは新しいスキルを身につけようとするとき、私たちは必ずと言っていいほど古典的なジレンマに直面する。
「量」を取るか「質」を取るかである。
「完璧なものを一つ作りたい」と願う心と、「まずはたくさんこなさなければならない」と焦る心。この二つの間で揺れ動き、結局どちらも中途半端に終わってしまう経験は誰にでもあるのではないだろうか。
量と質はどちらも重要だ。しかしその二つを天秤にかけるのは間違いである。なぜなら質は量からしか生まれないからだ。したがって、私たちが取るべき戦略はシンプルだ。
「まずは量からやってみる。質との両立は、圧倒的な量をこなした後に考える」
なぜ「質」から入ると失敗するのか
多くの人がこの単純な真理を見失い最初から「質」を求めてしまう。その気持ちは痛いほどわかる。誰だって失敗作を量産したくはない。最初から洗練された、誰からも賞賛されるような成果物を出したいと思うのは人間として当然の欲求だ。
しかしこの「完璧主義」こそが成長を阻害する最大の敵となる。
最初から質を求めるとまず動けなくなる。「これでは不十分ではないか」「もっと良い方法があるのではないか」と考えを巡らせているうちに時間は過ぎ結局何も生み出せない。
「量」がもたらす恩恵
ではなぜ「量」がそれほどまでに重要なのか。それは量をこなすプロセス自体が最強の学習装置だからだ。
第一に、量は基礎体力を養う。文章であれば執筆速度、プログラミングであればコーディングのスピード、営業であればアプローチの件数。これらは思考を現実化するための基礎スキルであり、圧倒的な反復練習によってのみ無意識レベルまで落とし込むことができる。
第二に量はフィードバックを最大化する。成果物を市場や他人に晒す回数が増えれば、それだけ多くの反応(フィードバック)が得られる。中には厳しい批判もあるだろう。しかしその全てが次の一歩を改善するための貴重なデータとなる。
第三に量は「直感」を磨く。何百、何千という事例に触れ、試行錯誤を繰り返す中で、私たちは徐々に「何が良くて、何が悪いか」を感覚的に理解できるようになる。これが熟練者が持つ「直感」の正体だ。
第四に量は予期せぬ「発見」をもたらす。大量に何かを生み出していると、時として自分でも驚くような傑作や新しいアイデアが生まれることがある。これは机上の空論では決して到達できない、行動した者だけが手にできる報酬だ。
質との両立は「後から」考える
ここで誤解してほしくないのは「質はどうでもいい」と言っているわけではないということだ。最終的に目指すべきは高い質である。高い質に到達するための手段が「量」なのだ。
ではどのタイミングで質を意識し始めればよいのか。それは量をこなすことが、息をするように自然になったときだ。
ブログを毎日書くことに慣れ、記事を書くこと自体にプレッシャーを感じなくなったとき。そこで初めて「どうすればもっと読まれる記事になるか」「どうすればもっと魅力的な表現ができるか」といった、質的な向上に意識を向ける余裕が生まれる。
基礎体力がつきフィードバックが蓄積され、直感が磨かれた状態で、初めて質を高めるための具体的な戦略が立てられるようになる。
「まずは量からやってみる。質との両立は、量をやってから考える」
このアプローチは精神的にも非常に楽だ。「今はまだ拙くていい。とにかく数をこなそう」と思えば完璧主義の呪縛から解放され軽やかに一歩を踏み出すことができる。