「推し」がいる生活は間違いなく彩り豊かだ。しかし最近もう一つの視点に気づいた。それは、「推し」を追いかける自分自身が、同時に誰かの「推し」になり得るということだ。

DMで温かい言葉をかけてくれる人、YouTubeのコメント欄に感想を書き込んでくれる人。私の思い上がりでなければ彼らにとって私は推しのような存在なのだろう。

彼らの言葉一つ一つが、私の背中を押し前に進む力をくれる。正直に言えば彼らの存在こそが私のモチベーションの源泉のひとつである。彼らのために私はもっと自分を高めたいと思える。

「あなたも誰かの推しになることが絶対にできる」

もしこの言葉を聞いて、「自分には無理だ」「そんな特別な人間じゃない」と思う人がいるならそんなことはない。なぜなら私にもできているからだ。

もちろん心ない言葉を投げかけてくる人もいる。こちらの意図を誤解し勝手な解釈で批判してくる人もいる。しかし私が大切にするべきなのは私を応援してくれる人たちの声だ。

あなたはあなたが思っている以上に誰かにとって大切な存在だ。あなたの言葉、あなたの行動、あなたの存在そのものが誰かの「推し」となり、誰かの生きる希望になるかもしれない。

投稿者

すずもと(管理人)

29歳リーマン🚹禁欲とミニマリズムを実践中。20代の最後を全力で生き抜くため、あらゆるポルノに背を向け「生活改善」ならぬ「人生改善」に取り組む。好きなものは読書📖武道(空手&琉球古武道)🥋筋トレ💪怪談👻バイク🏍️生き物🦎etc推しの作家さんは津本陽先生。自分でも小説を書く。

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