かつて私は他人の視線や評価、社会の動向、そして未来への漠然とした不安に常に心を乱されていた。SNSを開けば誰かの成功や幸せそうな姿が目に飛び込み、自分と比較しては落ち込み嫉妬した。誰かが何気なく放った一言に深く傷つき、何日もそのことを引きずった。明日、何が起こるかわからない不確実性に怯え、常に何かを心配していた。心の中は常に騒がしく安らぐ時などなかったのである。
しかし必死に自分と向き合い、日々を生き抜くことだけに集中する中でふと気づいた。以前の私を苦しめていた雑音が消え去っていることに。
他人の目が気にならない。誰かが私をどう評価しようと、それはその人の問題であり私の問題ではない。
この何も気にならない、静寂に包まれた境地。かつての私が想像もしなかったものだ。私は必死に生きることは常に何かに追われ、苦しみ、闘い続けることだと思っていた。しかし真の必死さはむしろ不必要なものをすべて削ぎ落とし、本当に大切なものだけを残す、研ぎ澄まされた状態を生み出すのだ。
この静寂は無関心や冷淡さとは違う。むしろ自分自身への深い関心と、自分の人生に対する強い責任感から生まれる温かい静寂である。自分の人生を全うすることに必死であるからこそ他人の人生に干渉する暇もない。
これこそが本当の自由への一歩だと思う。