私はこれまで「もっとやれたはず」という内なる声に悩まされてきた。
だが最近はこの感情をポジティブに捉えている。なぜなら、そもそも何も行動していなければ、1日の終わりに「もっとやれたんじゃないか」と感じることすらないからだ。何も行動せず、何の努力もしていなければ、「もっとやれるはず」など考えることすらない。
例えば毎日勉強しているとして、ある程度知識がついてくると1日の終わりに「もっと深く理解できたのではないか」「もっと長い時間勉強できたのではないか」と思うようになってくる。ちゃんとやったはずなのに、「もっとやれたはず」と思うことは、自分がサボっていた証拠ではない。自分の中に確固たる向上心と努力へのモチベーションが存在している証拠である。
また私たちは他人と比較して自分を評価しがちだ。SNSを見れば自分よりも遥かに努力しているように見える人の投稿で溢れている。彼らを見て「自分はまだまだだ」「もっと努力しなければ」と焦りを感じることもある。
しかし彼らもまた私たちと同じようにコツコツ積み重ねているだけで、そこまで差があるわけではない。そして彼ら自身もきっと「もっとやれるはず」という感情を抱きながら、それをエネルギーに換えて前進しているのだ。
他人とではなく過去の自分との比較してみよう。一年前の自分、一ヶ月前の自分、昨日までの自分と比べて、今の自分がどれだけ成長しているかは明らかだ。焦る必要はない。あなたの感じる「もっとやれるはず」は、あなたが着実に階段を上ってきた証であり、その階段はまだ先へと続いていることを示唆しているに過ぎない。
大切なのは今日も自分にできることに集中し、着実に積み重ねていくことである。昨日よりも今日、今日よりも明日、少しずつでも良いから前に進むだけ。